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R5.3.20読売新聞「仕事びと」

お尻治療 信頼築き40年

かつては心臓病手術に明け暮れ、今は全国から患者が殺到する肛門科医—。

富山市の「月岡クリニック」の桜井潤司院長(74)は、そんな異色の転身を遂げた。

「痔の相談は恥ずかしい。だから患者さんは家族同然と思って接しています」とほほ笑む。

 出身は石川県羽咋市。医師だったいとこに誘われ、この道に進んだ。1973年に金沢大医学部を

卒業してからは、富山赤十字病院などで心臓病手術や救急の対応を担当した。「がん治療は年単位。

でも、心臓は治せば翌日には患者さんが元気になっている。そのダイナミックさが魅力的だった」

 その後しばらくして、教授の誘いで大学に戻った。ただ、そこで待っていたのは、学内のしがらみ

序列に縛られた世界。肌に合わず、すぐに独立を決意した。

 自分にしかできないことはなにか。そう突き詰める中で思い浮かんだのは、まだ心臓を専門にする

前、見たことがあった肛門治療だ。「悩む方が多いのに、なぜか専門医が少ない」。転身を決意して

からは、東京や静岡にいる第一人者のもとを訪れ、教えを請うた。

 そして81年1月、現在のクリニックを開業した。当初の痔の治療は月10~20例ほど。それでも「痛

みを与えない」が信念の治療は口コミで広まった。初めて岐阜から患者が訪れた時は、「自分のやっ

てきたことは間違ってなかったんだ」と胸が熱くなった。今では治療は年間500例以上。延べ1万人

以上をお尻のトラブルから救った。

 開業医として地元に根付いているからこその喜びもある。近所のスーパーで、治療を終えた人と

ばったり出会い、「先生、もうすっかり大丈夫だよ」と声をかけられることもある。

 長年の診療を通じ、人々のお尻事情は変化した。「温水洗浄便座の普及でいぼ痔が減り、冬場の

切れ痔も暖房状態が改善して減ってきた」。意外にも自らが痔に悩まされることもある。「診ている

側だって患う。それぐらい身近な病気なんですよ」

 今では、長男の健太郎さん(41)が副院長を務め、二人三脚で診療にあたっている。健太郎さんは

「心臓が専門だったのに、独学でよくここまで究めたなと思う。一緒に働くと改めてすごさが

わかる」と感服する。

 クリニックでは40年以上診察を続け、今では74歳。自らの歩みを振り返って、こう笑う。

「心臓を表すハートをひっくり返したらお尻の形に見えませんか?実は遠そうで近い分野だった

のかもしれないですね」

(吉武幸一郎)